一般ノート

インディが勝負すべきプラットフォーム

買い切りは出したら次の作品へ進める。運用は収益の土台になり得るが手入れが続く。インディが勝負べきはそのスタンスから考える。

Independent DevelopmentGame DevelopmentPlatform

どのプラットフォームで勝負するべきか、という話をよく見る。PC やコンソールでいくのか。モバイルファーストにするのか。市場の大きさや、届きやすさから入りたくなるのもわかる。自分も、企画のたびに一度はそこを考える。

ただ、その問いの手前に、作品を出したあとの続き方がある気がしている。

机でヘッドホンをしてコントローラを握りゲームに集中する人と、電車で握り棒につかまりスマートフォンを操作する大学生くらいの女性

出したら次に行けるものと、出し続けて成立するもの

買い切りに近い作品は、リリースがひとつの区切りになる。届けたら、次の作品に移れる。完成させて世に出す、を繰り返せるので、打席に立てる回数が増えていく。

一方で、配信した時点では終わらない作品がある。軽い運用型、と呼んでいるものだ。出したあとも、メンテナンスやアップデートが続く。うまく回ると、ある程度安定した収益の土台になりうる。その代わり、手を離すと体験も収益も止まっていく。次の打席に立つ前に、いまの作品を守り続ける手間がある。

どちらが正しい、という話にはしたくない。作りたい作品のスタンスから考えた方が、あとで苦しくならない。区切りをつけて次へ行きたいのか。ひとつの場所を、生活のリズムとともに育てたいのか。プラットフォームの話は、そのあとについてくる。

モバイルを、ゲームを売る市場だと考えるな

ソーシャルゲームは、見た目はゲームだ。でも実際には、SNS やコミュニケーションの要素を含んでいたり、起床、通勤、休憩、寝る前といった生活のサイクルに寄り添っていたりする。遊びを売り切る場所というより、日常の中に居続ける場所に近い。

短いからモバイル、小さいからモバイル、でもない。短く遊べても、遊びたいのがゲームそのものなら、PC やコンソールで成立する。長く付き合う作品でも、生活のサイクルに乗ることが核なら、モバイルの方が自然だ。

企画を考え始めたとき、自分にまずこう問うのが良いかもしれない。

このゲームからスマートフォンを取り除いたら、何が失われるか?

何も失われないなら、ゲーム世界だけで足りている。PC やコンソールで、遊ぶこと自体を目的にした作品として作ればいい。複雑な戦略、RPG、濃いアドベンチャー、ローグライト、長い探索。作り込んだ世界に、まとまった時間で入っていく種類のものだ。買い切りとも相性がよく、出したら次の打席に移れる。

場所、天気、時間、カメラ、通知、移動、誰かとのやり取りが消えた瞬間に魅力が落ちるなら、モバイルの側だ。ここでのスマートフォンは、現実とゲーム世界をつなぐ道具になる。天気を見る、歩く、誰かとつながる、といった日常に、物語や観察や小さな選択が重なる。こちらは、出したあとも生活とともに残るので、運用の手間とセットで考えた方がいい。

ゲームとしても成立するけれど、現実とつながることで体験がはっきり濃くなるなら、モバイルを先に置くか、両方をまたぐかを考える。

リリース後の作品のケア

お店のゲームを想像してみる。架空の店を経営して、仕入れや価格や店の広げ方を楽しむなら、それはゲーム世界の中の話だ。PC やコンソールで、ひとつの作品として区切れる。

現実の時間や天気、いまいる場所、実際の店と連動するなら、生活の中の体験になる。こちらはモバイルを考えたくなるし、出したあとも世界の方が動き続ける。題材が同じでも、勝負する場所と、リリース後の続き方は変わる。

放置も似ている。複雑な組み立てや最適化をじっくり楽しむなら、放置という仕組みだけではモバイルとは決めない。生活の合間にちらっと見て、現実の時間が経つほど世界が変わる、という方が核なら、モバイルと相性がいい。こちらも、出したあとに世界が動き続ける分、手入れは続く。

マルチプラットフォーム対応との向き合い方

深いシステム、複雑な意思決定、長いプレイ、作り込んだ世界そのものに価値がある作品は、基本的に PC やコンソールを先にする。モバイル向けに圧縮して、別物にしてしまうのは避けたい。買い切りとして区切り、次の作品へ行くスタンスとも合う。

同じ世界観から、モバイルの生活サイクルに合う別の作品を作ることはある。それは移植ではない。その場所で、日常とともに残るもうひとつのゲームを作る、という感じだ。その場合は、メンテナンスが続く前提で始める。

PC やコンソールは、ゲームをするための場所。モバイルは、生活とゲームをつなぐ場所。

どこで勝負するかの答えは、市場の大きさだけでは出ない。自分の作品が、出したら次へ行けるものなのか。生活の中に残って、手を入れ続けるものなのか。そのスタンスに、体験が自然に乗る場所を合わせたい。